2025年映画ベスト10
2025年に鑑賞した新作映画69本の中から、特に面白かったものを10本選びました。2025年の映画ベスト10は以下のとおりです。
#2025年映画ベスト10
— oh (@ok5ok7) 2025年12月30日
①この夏の星を見る
②ANORA アノーラ
③スーパーマン
④佐藤さんと佐藤さん
⑤ファーストキス 1ST KISS
⑥平場の月
⑦今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は
⑧みんな、おしゃべり!
⑨ #真相をお話しします
⑩雪子 a.k.a.
ここからは選んだ10本の映画について、10位から順に書いていきます。
10位 雪子 a.k.a. 2025年3月9日鑑賞
草場尚也監督の劇場映画初監督作。29歳の小学校教師・雪子(山下リオ)は不登校児童への対応や恋人の関係で本音を言えず悩んでいる。好きなラップをしている時だけは本音を言えていると思っていたが、ラップバトルの対戦相手からそれすら否定されてしまう。
学校を舞台にした邦画にしては、同僚の先生の雰囲気も含めて、学校現場の解像度が比較的高い。アラサーの小学校教師とヒップホップの重なりが意外な面白さを生んでいる。ラップと関係ない日常の会話シーンでも韻を踏んだセリフやパンチラインがさりげなく存在している。日々の生活にラップの種は転がっている。逆に言えば誰でもラッパーになれる。自分の本音をどう表現するか、"核"を掴み取ろうとする映画だ。
「自分ってこのままでいいんだろうか?」という雪子自身の迷いや不安のツボがグリグリ刺激される。夜中の暗い場所の撮影や照明が素晴らしい。夜、電車が往来する沿線にて、雪子が自転車を押しながら、とぼとぼと歩くシーンの切なさと美しさといったら・・・。何かを噛み締めて過ごした夜があるからこそ、その先も生きていけるのだ。
9位 #真相をお話しします 2025年4月26日鑑賞
結城真一郎の同名ミステリー小説を豊島圭介監督が映画化。警備員の桐山(菊池風磨)とその友人の鈴木(大森元貴)は生配信「#真相をお話しします」を視聴している。スピーカー(話し手)に選ばれた者は、世間を騒がせた事件やゴシップの暴露ネタの提供と引き換えに、視聴者からの多額の投げ銭を獲得できるというものだった。
笑顔がミステリアスな大森元貴、ずっと狼狽している菊池風磨がいい。このふたりだけでなく、女性、オジさん、若者、子どもたち全員の演技がうますぎる。例えば、秋元才加のとある動作にはギョッとするし、伊藤英明は過去に彼が出演したあの映画を彷彿とさせる不気味さを再び踏襲している。細部の演技、演出が抜かりない。
「人から聞くエピソードが結局面白い」という状況は、Youtubeやポッドキャストが氾濫する2025年がまさにそうで。でも、他人の刺激の強いエピソードや人生をコンテンツとして消費し続けていいのか?という冷静な視線も本作にはある。劇中のネット配信のコメント欄や、視聴者の反応に嘘くささが全くない。現実のネットでも飛び交っていそうな言葉で、いい意味での既視感がリアリティを高めている。
自分が見た回はそこそこ観客が入っていたが、本編終了直後、明るくなった劇場内で、場内にブワッと溢れ出したどよめきが忘れられない。本作のラストの切れ味がとにかくすごいからだろう。即決できない選択肢を突き付けられると、人は迷い、理性を失うし絶望を感じる。安易な投げっぱなしのラストではなく、投げた終わり方としたことにこそ意図を感じた。
8位 みんな、おしゃべり! 2025年12月19日鑑賞
自身もCODA(ろう者の親を持つ聴者の子ども)である河合健監督のオリジナル作品。ろう者の日本人家族とクルド人一家が対立して繰り広げる小競り合いの行方を描いたコメディ。
愛聴しているラジオ番組『アフター6ジャンクション2』でも取り上げられていて気になったので鑑賞。ろう者の日本人家族とクルド人一家の対立から生まれる出来事ややり取りが非常に面白い。言語の壁や置かれている状況の違いによるわかりあえなさはもどかしく感じるが、自ら言語を作り出してコミュニケーションをとる場面がいくつかあって非常に神秘的だった。まるで自分の脳内が洗われるような心地がした。
とりわけ"通訳"の役割を担う、若者ふたりの場面が軒並み良かった。ふたりの距離が近づく川の場面だけでも、言葉の選び方やカメラの配置に作り手のセンスを感じる。全体的に脚本がよくできているのはもちろんだけど、撮り方も好みだ。
言語の壁や先入観がある状態で、属性も立場も違う相手と接することは、誰だって大変だが、その手間をサボることで失われるものもある。人と人がコミュニケーションをとれる余地は、実はもっとあるんじゃないか?という本作の気づきが素晴らしかった。
7位 今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は 2025年4月29日鑑賞
ジャルジャルの福徳秀介の同名小説を大九明子監督が映画化。大学生の小西徹(萩原利久)は冴えない毎日を送っていた。そんなある日、お団子頭の女子大生・桜田花(河合優実)に目を奪われた小西は、思い切って彼女に声をかける。
『私をくいとめて』以来に大九明子監督作品を鑑賞したが、今回は凄すぎて唖然。良い違和感を残す映像的技巧の数々に驚愕した。その一方、独特な台詞による的確な心情表現に心揺さぶられる。若い大学生の恋愛映画として進行する傍で、「死」という別軸のモチーフが張り巡らされている。
河合優実も伊東蒼も、それぞれ一人だけで長台詞を何分も放ち続けるシーンがある。非常に緊張感があり、こちらも襟を正された。まるで感情や記憶を言葉に出し続けないと、自分自身を保てないかのようで。それぞれの長台詞には必然性があったし、鳥肌が立った。
基本的には恋愛映画ではあるため、人が人に興味を抱く瞬間の数々に胸が高鳴る。その人の思考の中に、相手に関わる要素が入り込んむような描写は、恋愛感情の表現としてスマートだ。ただ、裏返すと、その人以外が眼中にない状況は残酷なことでもあって。そういった冷たさを含んだ場面もあるし、ヒヤッとするのだ。その奇妙で独特なバランスが最後まで続いている。
6位 平場の月 2025年11月30日鑑賞
朝倉かすみの同名小説を土井裕泰監督が映画化。印刷会社で働く青砥健将(堺雅人)は、中学生時代に思いを寄せていた須藤葉子(井川遥)と再会する。
これは何も特別な人たちの運命的な話ではなく、地元で同級生とたまたま再会して人生が動いていくありふれた物語の一種で。堺雅人が普通の50代のおじさんとして役を引き受けていることに好感を持った。誰にでも50年生きていれば"色々ある"のが人生だし、普通だろう。
青砥と須藤がお互いの来歴や近況を報告し合う場面がいい。『#真相をお話しします』とはエピソードの種類が異なるが、これも人から聞く身の上話が結局面白い・・・という類の作品だと感じた。言葉と言葉の詰め方だったり、居酒屋がどこも満席で「これ予約しとけばよかったパターンだ」と言ったり、ユニクロやニトリが会話の中で当たり前に出てくる。その何気ない無防備な言葉や、語感が"普通"であることに親近感を覚えた。50代の大人という立ち位置の難しさを体現しつつ、人生に変化が訪れて密かにはしゃぐ堺雅人の反応がリアルだし、LINEを確認している瞬間にその人の素が出る。
終盤、ある事実を唐突に知ってしまった青砥の表情は演技バランスとしてはギリギリだが、人って案外ああなってしまうのかもしれない。ラストシーンの青砥は、あるものを見聴きしてしまい、どうしようもない感情を整理できないまま、慟哭する。普通の50代の男女の恋愛を描いた映画としては、あまりにストンと終わるのだが、その拍子抜け感こそ、映画全体のトーンに合致している。『いきどまり』に接続される。自分は余白がある映画が好きだが、本作のような余白のない終わり方はこれはこれで新しい。
5位 ファーストキス 1ST KISS 2025年2月8日鑑賞
坂元裕二のオリジナル脚本。監督は塚原あゆ子。結婚して15年になる夫・駈(松村北斗)を事故で亡くした硯カンナ(松たか子)。タイムトラベルする手段を得たカンナは過去に戻り、自分と出会う直前の駈と再会する。
この世にありふれている恋愛初期のときめきと夫婦喧嘩を、見たことない方程式で坂元裕二が導く。2024年から2009年へのタイムトラベルのロジックはやや強引だが、思い切りがよく、途中から気にならなくなってくる。坂元裕二が得意とするあるある・雑学・例えが盛りだくさんで、それらがこの"夫婦"の織りなす物語の豊かさを生み出すことに成功している。
詳細な感想は以下の記事でも。
4位 佐藤さんと佐藤さん 2025年11月29日鑑賞
天野千尋監督のオリジナル作品。たまたま同じ苗字の佐藤サチ(岸井ゆきの)と佐藤タモツ(宮沢氷魚)は、意気投合し、交際してともに暮らしはじめる。司法試験の不合格が続くタモツを応援するために、サチは一緒に勉強を始めるが、サチだけが司法試験に合格してしまう。
天野千尋監督の前作『ミセス・ノイズィ』は視点の相違を描く秀作だったが、司法試験を目指す夫婦のズレが描かれる。個々の視点だけを見れば、双方の個々の気持ちはそれぞれわかる。だが妥協点が見つからない。だけにつらい。佐藤さんと佐藤さんの15年の変遷がズシンとくる。
現在のシーンでは画角が狭く、過去のシーンでは画角が広がる。それはまるで可能性があふれていたはずの過去と、選択肢が狭まった現在との対比のように思えた。第三幕以降、タモツが司法試験に合格した場合には、別の意味が生まれる展開には唸った。合格それ自体は本来 嬉しいことのはずなのに。
人と人は完全には分かり合えない。人生も時間も容赦なく先へ先へ進んでいくし、前に戻れない。では、そのうえであなたたちはどうしますか、と突き付けているようで。そういう観点で『ファーストキス 1ST KISS』と比較するのも面白い。偶然にもどちらも主題歌は優河だし。
3位 スーパーマン 2025年7月12日鑑賞
監督・脚本はジェームズ・ガン。人々を守るヒーローのスーパーマン(デビッド・コレンスウェット)は、普段は大手メディアのデイリー・プラネット社で新聞記者クラーク・ケントとして働き、その正体を隠しながら、ピンチに颯爽と駆け付け、超人的な力で人々を救っていた。しかし、時に国境をも越えて行われるヒーロー活動は、次第に問題視されるようになる。
冒頭の説明文の直後に敗北して落下するスーパーマン、というか、スーパーマン以外にも既になんか色々いるんですけど!?と言いたくなる世界観など、まあまあ大胆な省略をしているが、別に詳細な説明がなくてもスルスル見れちゃうし面白い。
善性が踏みにじられる世界で真っ当でいるのは難しいが、それでもなぜスーパーマンとしてあり続けるのか。2020年代のヒーロー映画が出した答えとして素晴らしい。2013年の『マン・オブ・スティール』のスーパーマンとは異なり、曇天さえ無くカラフルで光が眩しい。その眩しさこそ、彼の人間性や品格に繋がっている。
ジェームズ・ガン流のユーモアとケレン味と真面目さが融合していた。彼の持ち味はアクションにも会話シーンにもよく出ている。スーパーマンの落下と飛翔の反復が忘れ難い。スーパーマン不在の中で頑張るMr.テレフィックの武器の操りはスマートだし、クリプトの"犬"でしかなさにも笑った。2026年の『スーパーガール』も楽しみ。
2位 ANORA アノーラ 2025年2月28日鑑賞
監督・脚本はショーン・ベイカー。ニューヨークでストリップダンサーをして暮らすアノーラ(マイキー・マディソン)は、ロシア人の御曹司イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と出会い、彼がロシアに帰るまでの7日間、1万5000ドルの報酬で「彼女」になる契約を交わす。
ショーン・ベイカー作品を見るのは初。ポスターや予告編からは想像もつかない内容で、期待を遥かに上回ってきた。「えっ、大丈夫…?」と心配する第一幕から、怒涛の第二幕以降に興奮。劇中のマクガフィンとしての割り切りの良さと、割り切れない感情がそれぞれ面白すぎる。そして、この映画における時間の取り扱いがすごく巧みだ。第一幕のハイテンションなひと時はあっという間に過ぎるが、第二幕以降はやたら時間が長く感じて、途方に暮れるキャラクター達の心情とシンクロする。要は時間の縮尺がうまい。
一言で言ってしまうと、本当の愛って何なんすかね・・・みたいな映画で。吹き出してしまう場面も多いが、気づけばいつのまにかあのラストまで運ばれていた。『コンパートメント No.6』でも好演していたユーリー・ボリソフの表情や姿勢で物語っているのもすごく良かった。そして、この映画も終わり方が妙にすごい。あの車のワイパーの音が忘れられない。
1位 この夏の星を見る 2025年7月4日鑑賞
辻村深月の同名小説を山元環監督が映画化。2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により登校や部活動が制限される。茨城県立砂浦高校の天文部に所属する溪本亜紗(桜田ひより)の提案で、各地でリモート接続しながら、同時に天体観測をする「オンラインスターキャッチコンテスト」が実施されることになる。
コロナ禍設定で、登場人物がマスクを着用していることもあってか、役者の発声や音には相当こだわっている。桜田ひよりや岡部たかしをはじめとして、声が印象的な役者を揃えている。スターキャッチの際の「ロック!」「ストップ!ひばり森!」などのコールがかかると気持ちいい。別々の離れた場所で、暗い夜の中、ただ同じ星を観測する。ただそれだけのことが、天体観測以上の意味を帯びてくる。
望遠鏡をカチャチャチャ…と動かす音は、別々の場所にいる者たちが、同じタイミングで同じ動作をしていること、シンクロしていることを際立たせている。映像的な美しさと、コロナによって自由な行動を封じられた若者のささやかな抵抗が素敵だ。自分も映画館を出た後に、つい夜空を見上げてしまった。それだけの力がこの映画にあった。
さいごに
もし旧作リバイバルを含めるとしたら『リンダリンダリンダ 4K』が本当の2025年映画ベスト1位。この夏のリバイバル上映で10年ぶりに再見して、「あれ?こんなに最高な映画だったっけ?」と思いのほか感動。映画って寝かせたぶんだけ、旨味が増すのかも。
ここからは個人的な話になるのですが(急にしいたけ占いっぽい文体)、2025年の夏からジムに通い出して、1年前の自分からは考えられないほど運動や筋トレをするようになりました。そのおかげなのか、以前よりも集中して映画を観ることができていて、映画を楽しむうえでも、運動習慣って大事だよなーと思ったのでした。
2026年も運動と映画鑑賞を変わらないペースで続けて、素直な感想を書き続けます。では。ok5ok7.hatenablog.jp
居場所を探して:星野源『Gen』について
2025年5月に星野源の6枚目のアルバム『Gen』がリリースされてから半年以上が経つ。季節が変わるその間もずっと聴き続けていて、自分にとっては2025年最も生活の中に浸透していたアルバムだった。
前作のアルバム『POP VIRUS』と比べても、この5年ほどで音色や歌詞の筆致がずいぶん変化した。鳴っているサウンドや曲中で歌われている言葉は豊かだが、その一方で余白もある。いい意味での引っかかりやざらつきを覚えるし、聴き甲斐がある。曲によって表情が全然違うし、聴くたびに自分の中で曲へのイメージが芽のようにニョキニョキ育つ。
星野源自身は『Gen』に関するインタビューで「伝えたいことが何もない」「意味はない」とよく語っている。その何もなさ、無常感がアルバム全体のムードを形成している。意味はない・・・という前提を踏まえたうえで、自分にとって『Gen』は「居場所」についてのアルバムだと感じる。一連の楽曲は居場所探しのように思える。音を鳴らして『創造』し始めることで、意味に縛られない居場所を探している。安住の地はどこにもなく、孤独で、どこにいればいいのかもわからない。でも、わからないままでもいい、どうでもいいのだ、とようやくわかった・・・という帰結が『Gen』の最後の曲の『Eureka』だ。
『Eureka』は、『Gen』を総括するような楽曲で、力の抜け具合もいいし、諦念と同時にホッとする癒しを感じる。白湯みたいな曲だ。SNSやネットニュースではうんざりするようなネガティブなトピックや揉め事が次から次へと提供される。そんな世の中の嫌な速度に抗うかのようでもある。
『Gen』のリリース後も、ライブツアー『MAD HOPE』を行い、『Gen』収録曲の複数のミュージックビデオを約半年かけてリリースし続けた。居場所探しをしている『Gen』を軸として、逆に星野源からリスナーにいろんな居場所を提供している。『Gen』はこれからも長い時間をかけて、聴き続けられるだろう。
音は鳴ったその瞬間から消えようとする。だから、人は音楽を奏でて紡ぐことでその場限りの居場所をつくるし、そこで人は音楽を聴きたくなるのかもしれない。
脚立のシルクドゥソレイユ:ゆうめい『養生』について
2025年11月、ゆうめい という団体の演劇『養生』を観た。ゆうめいの演劇を観たのは今回が初めてなのだが、今年どころか、ここ数年観た演劇の中でもトップクラスの衝撃を受けた。
美大生の橋本(本橋龍)と、大学生の阿部(丙次)はショッピングモールや百貨店の内装を行う夜勤バイトで出会う。正社員のことをネタに「卒業したら絶対ああならない」と陰で笑い合っていたが、10年後、二人はその夜勤の正社員になっていた…。
普段なかなか見ないサイズの脚立が舞台上でまあ動く動く。シルクドゥソレイユかというくらい動く動く。脚立を資材やエレベーターなど、いろんなモノに見立てて、観客の想像力を借りながら物語が動いていく。登場人物の会話に注意を向けていると、いつのまにか複数の脚立が目の前で組み上がっているから驚く。脚立の運動は、まるで彼らの行き詰まった自意識を封じ込めては解放して、そしてまた封じ込めているようだ。脚立を用いた異様な美術と、彼らの言動や心情がリンクしている。
やりたいことをするための労働だったはずなのに、挑戦よりも安定を選び、いつのまにか手段と目的が入れ替わっている。彼らは自分の現状を正当化するためにそれらしい理屈を並べるが、心の底から湧き出た言葉なのか、どこかで聞きかじって借りてきた言葉なのか。言っている本人にすら分からない。そして、すべてがしっちゃかめっちゃかになった状況で放たれる阿部の叫び。誰かの人生の絶望の淵を覗いているようで、心底恐ろしかった。
これは残酷な演劇だが、絶望オンリーなのかというと、そんなことはなくて、希望はギリギリ残ってはいる。養生テープはガムテープと違って剥がしやすいし、脚立は畳めば形状も変わる。我が道を進んで挑戦した者は病んでしまって結局・・・ということも無常に示唆され、現状に順応することは甘えだとは限らない。結局、環境を変えるのも変えないのも自分次第なのだ。だから、どの選択肢が本人にとってベストなのかなんてことは、とどのつまり本人にもわからない。誰にもわからない。
自分も学生時代に百貨店で1年ほどバイトしていた。劇中の彼らとは全く異なる日勤の仕事内容だが、演劇を見ながら当時の楽しくない記憶が蘇った。劇中で「百貨店の入口が地獄の門に見える」という趣旨の台詞があったが、自分もまさにそう見えていたし。きらびやかな百貨店のフロアと従業員用の薄暗い通路の落差が地味に効いてくるんだろうな、なんてことを十数年越しに気づいたのだった。
視点の補完:ダウ90000『ロマンス』について
ダウ90000第7回演劇公演『ロマンス』を観た。2025年6月に大阪で、その後11月に東京での追加公演でもう一度観た。ダウ90000の活動を追いかけるようになって4年ほど経つが、『ロマンス』はダウ90000の現状の集大成でありながら、ネクストレベルに入ったといっていい作品だった。
脚本家の坂谷(上原佑太)は、かつて自身が過ごした4日間の恋愛体験をもとに、テレビドラマの脚本を執筆中。しかし、そのドラマの内容がとある漫画に酷似しているとネット上で話題に。その漫画の作者こそ、かつて坂谷がその4日間をともに過ごした大八木(忽那文香)だった…。
ダウ90000のこれまでの演劇公演は1シチュエーションものばかりだったが、今回は複数のシチュエーションが交差する。「現実」「テレビドラマ」「漫画」の異なる3つの世界のレイヤーが舞台上で入れ替わり現れる。複数のレイヤーをシームレスに行き来している。その構造だけでもめっぽう面白いが、実体験をエピソードとして語り直すことの面白さ、危うさ、恥ずかしさがたくさんある。もっといえば「自認」や「解釈」についての話でもある。
坂谷も大八木も、過去に同じ時間を共有していて、その思い出を下敷きにそれぞれ物語を作った。なのに、テレビドラマと漫画では同じ状況でも描写が異なる。ドラマと漫画の双方の作者の認識にズレがあることがわかってくると、いよいよ何が事実だったんだっけ?という疑問が浮かび上がってくる。そして、本作のクライマックス。ドラマや漫画といった作り物からいったん離れて、各々が日記に記録していた言葉を読み交わして答え合わせをすることで、二人にしか分からない空間が立ち上がる。
同じ時間を過ごしていても、言葉の受け取り方が異なっていたり。相手の発言はよく覚えている割に、自分が話したことは全然覚えていない。そういったことは往々にしてあって。視点の違いによる衝突や断絶ではなく、視点を補完し合うことで新しいロマンスが生まれる。あぁ、めちゃくちゃ面白い。
その一方で、創作についてくぎを刺すような描写もある。テレビドラマの制作を巡る場面では、プロデューサーの花島(園田翔太)が全方位に気を遣いすぎて、八方美人になり過ぎている。彼の言動は面白おかしく描かれているが、プロデューサー像自体はあながち誇張でもないのだろう。SNSでの反応や誹謗中傷は、いまこの現代において、ものづくりの可能性を窮屈にさせている。こんなことを続けていると、作り手も受け手も誰も得しない時代がくるのではないか。このあたりの描写には脚本を書いた蓮見翔自身の実感という裏のレイヤーがニュッと浮き出ている。
『ロマンス』は、ラブロマンスと創作論を平行して語っている。それがすごい。演劇の構造上、複数の役を兼任しているメンバーもいて、相当ややこしいことをやっているのに、どこかのびのびとした印象を抱いた。8人全員の演技の質感は、過去の演劇と比べても変わり続けている。この先2026年以降のダウ90000はどんどん面白くなるだろう。
『フリック入力オールデリート』は開演前に流れていたプレイリストのうちの1曲。こちらもめちゃくちゃ面白い曲。『ロマンス』きっかけで浦小雪を初めて知り、その後ライブにも行った。
孤独の共有:『片思い世界』について
<※以下、『片思い世界』のネタバレを含んでいます>
美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)の3人は
本作の主人公3人は死後、
かつて子供だった3人は、死後もなお成長し続けて、それぞれ通勤や通学をしている。幽霊ならば、そもそも働いたり学校に通う必要
周りから気づかれないことをいいことに、彼女らは広いホールで大
異なるレイヤー間での現象が直接干渉し合うことはないが、3人は現世で起きていることを見つめ、ジタバタあがき、解釈し、彼女たちの中での何かが変わっていく。
例えばラストでは、12年前に美咲が書いた音楽劇の台本を通じて、典
現実に起きた出来事
ちなみに、坂元裕二は2017年に『水本さん』という短編を発表
時をかける妻:『ファーストキス 1ST KISS』について
<※以下、『ファーストキス 1ST KISS』のネタバレを含んでいます>
硯カンナ(松たか子)は結婚15年目に夫の駈(松村北斗)を交通
劇中、カンナの同僚の杏里(森七菜)が次のように語る。「時間って流れ
カンナと駈によるふとしたすれ違いやお互いの不満が積み重なって
何が言いたいかというと、過去の坂元裕二作品のモチーフが、それこそミルフィーユのように
今回、この世にごまんとある恋愛初期のトキメキや夫婦喧嘩というお題で
ぶっちゃけいうと、本作でのタイムトラベルのロジックやルールは
結局、カンナが変えたかった決定的な未来こそ変わらなかったも
2024年映画ベスト10
2024年に鑑賞した新作映画68本の中から、特に良かったものを10本選びました。2024年のベスト10は以下のとおりです。
#2024年映画ベスト10
— oh (@ok5ok7) 2024年12月30日
①夜明けのすべて
②ロボット・ドリームズ
③ラストマイル
④パスト ライブス/再会
⑤猿の惑星/キングダム
⑥ミッシング
⑦悪は存在しない
⑧陪審員2番
⑨ディア・ファミリー
⑩アイミタガイ
ということで、ここからは選んだ10本の映画について、自分なりに感じたことを10位から順に並べていきます。
10位 アイミタガイ 2024年11月9日鑑賞
作家・中條ていの同名短編集を映画化。監督は草野翔吾。ウェディングプランナーとして働く梓(黒木華)は、親友・叶海(藤間爽子)が亡くなったことを知る。梓は生前の叶海と交わしていたLINEのトーク画面で、死後も叶海のアカウントにメッセージを送り続ける。
「アイミタガイ」とは、簡単にいえば「お互い様」「互助」の意。劇中では、複数の登場人物の偶然や思いやりが重なり、物語が動きます。映画の冒頭1カット目から地震対策のための突っ張り棒が映ります。冒頭から突っ張り棒が登場する映画は、自分が知る限り他にありません。ただ、その突っ張り棒だって、おそらく「地震による被害を少しでも減らしたい」という開発メーカーの思いによって工夫が凝らされているわけで。「誰かの思いが他者のもとに渡ること」がいきなり冒頭から示されていると感じました。
個人的にも最近、実生活で不思議な巡り合わせを感じた経験があって、自分の身の回りでもリアルに「アイミタガイ」って起こるのね、と驚きました。そんな個人的な感慨込みで、今年のベスト10に入れちゃいました。案外、気づかないだけで、縁や善意って近いところにあると思います。
9位 ディア・ファミリー 2024年6月14日鑑賞
国産バルーンカテーテルを初めて開発した筒井宣政の実話を月川翔監督が映画化。小さな町工場を経営する坪井宣政(大泉洋)と妻・陽子(菅野美穂)の娘・佳美は、生まれつきの心臓疾患により、余命10年を宣告される。どの医者でも治療のしようがないことを知った宣政は、自ら人工心臓を作ることを決意する。
医療分野の素人の父親が娘のために、努力してバルーンカテーテルの開発に挑んだ。そんな人物が実際に愛知県にいたことがすごいですよね。劇中の1980年代前後の時代描写(街並みや自動車、家具など)がこだわり抜かれていて、この無謀な物語の説得力を倍増させている。技術や情報は現代に比べると発展途上だし、当然インターネットもない。何をするにも時間がかかるし、そもそもこの時代にそんな開発が本当にできるのか?という気持ちになる。だからこそ「諦めてタイムリミットまで過ごすのではなく、残り時間を利用して自分ができることがあるんじゃないか?」という思考の重要性が響きました。それはこの家族に限ったことではなく、映画を見た観客にも「今からこの先の10年間、何をするのか」と問うような、広く開かれたラストだと思いました。
この映画のモデルになった筒井宣政氏は、あるインタビューで”これをやらないと自分の子供が死んでいくと思った時、「もう死になさい」って言える親はいないでしょう”と語っています。その言葉の精神がこの映画にも宿っています。
8位 陪審員2番 2024年12月22日鑑賞
クリント・イーストウッド監督作。日本ではU-NEXT独占配信。殺人事件に関する裁判で陪審員をすることになった主人公ジャスティン・ケンプ(ニコラス・ホルト)が、その事件に自分が関与していることを悟り煩悶する法廷ミステリー。
主人公が陪審員として担当することになった事件の内容をよく聞くと、過去の自分の行動が関わっているかも…と途中で気づく。これほどゾッとする経験はないというか、逆「アイミタガイ」というか。「そんなことあります!?」と言ってしまいたくなる偶然に引き寄せられた人の話だと捉えました。自分が劇中のジャスティンの立場だったら、とてもじゃないがメンタル的に耐えられないでしょうし。自身の事件の関与を伏せながら他の陪審員とともに検証を進めていく本作は、静かながらもスリルがあります。
最終的に判決が下された後に、劇中で語られることや展開が非常に興味深い。人が人をジャッジすることの重さと、正義というものの在り方について突きつけられましたし、この作品を劇場で見る機会がないのは勿体ないと思いました。
7位 悪は存在しない 2024年5月3日鑑賞
監督・脚本は濱口竜介。自然豊かな高原に位置する長野県水挽町。その地に暮らす巧(大美賀均)は、娘の花(西川玲)とともに、自然のサイクルに合わせた慎ましい生活を送っている。ある日、家の近くでグランピング場の設営計画が持ち上がるが…。
まず、この『悪は存在しない』というタイトルだけで既に面白い。その文字通りに受け取ってもいいし、反語のようにも捉えられるし。『悪は存在しない』というフレーズの前後に何か言葉が付け足される余地もあるし。そして、本編を見ると、ますますこのタイトルの引力を強く感じます。
グランピング場の設営に揺れる田舎町の出来事を、濱口監督らしく冷静に捉えています。その一方で意外なカメラアングルの遊び心や、人物同士の絶妙な会話のやり取りといった余裕も漂っています。本作のラストには「どこが『悪は存在しない』だよ」と言いたくもなるのですが、その突き放された感覚は全く嫌なものではなくて。理解し得ないものを一旦、理解できないまま受け取って、すぐに答えを出さずに自分の中で時間をかけて咀嚼することを大切にしたいと思ったのでした。
6位 ミッシング 2024年5月19日鑑賞
監督・脚本は吉田恵輔。沙織里(石原さとみ)の娘が突然いなくなってから3カ月が過ぎた。娘の行方について手掛かりはなく、夫・豊(青木崇高)との喧嘩が絶えない。沙織里は娘の失踪について、情報提供を求め続けるが…。
ニュースで事件や事故、戦争の情報を目にすると「もうこんな悲しいことが起きてほしくない」と思うことってありませんか。自分はしょっちゅうあります。報道を見ているだけの自分がそう思う以上に、実際に被害に遭った当事者や関係者の心境は計り知れません。
『ミッシング』では、失踪した我が子を案じる親の苦しみが描かれています。失踪の原因も、事故か誘拐なのか単なる迷子なのかも「わからない」。諦めたくないが、かといって、発見される可能性はどれほどあるのか「わからない」。ネットで誹謗中傷をする者、嫌がらせを行う者の顔も「わからない」。そうした「わからなさ」こそが、当事者にとって非常にストレスになる。そして、ストレスを限界まで抱えた沙緒里があることを機に決壊する場面は、本当にいたたまれないし直視できませんでした。だからこそ、本作のラストにおける光の跡に手をかざす行為に、絶望と希望と、それ以上の何かを感じ取ったのでした。
5位 猿の惑星/キングダム 2024年5月11日鑑賞
『猿の惑星』のリブートシリーズ4作目で、今回の監督はウェス・ボール。前作『猿の惑星: 聖戦記』から約300年後、猿の文明が繁栄する一方、人類は退化していた。冷酷な独裁者プロキシマス・シーザー(ケビン・デュランド)によって、若き猿ノア(オーウェン・ティーグ)は故郷や仲間を奪われる。そんな中、ノアの前に人間の少女ノヴァ(フレイヤ・アーラン)が現れる。
『猿の惑星』のリブート企画って、2017年の『猿の惑星:聖戦記』でやり切ったと思っていたので、本編を見る前までは「わざわざ続けたところで面白くなりようがないのでは…」と懐疑的だったのですが、予想に反してとても面白くて驚きました。アクションの組み立て方はゲームっぽいと感じましたが、全然悪くなくて。むしろ猿たちの身体性や攻防にうまくハマっていて、ゲームっぽい手法やビジュアルをうまく応用していると感心しました。
今回、登場する人間のキャラクターはなかなか油断ならなくて新鮮味がありました。これまで『猿の惑星』シリーズが描いてきた猿と人類の対立構造に、ここにきて意外なメスを入れてきたな、と興奮。クライマックスを経て一段落した後にも、なお緊張感が持続する仕掛けが待っていて、今後のシリーズの発展が楽しみになりました。
4位 パスト ライブス/再会 2024年4月13日鑑賞
セリーヌ・ソンの長編映画監督デビュー作で、自身の体験をもとに脚本を執筆。韓国・ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンは、互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れに。12年後、24歳になった2人はオンラインで再会を果たすが、再びすれ違う。そして、さらに12年後…。
人生における様々な選択。年をとればとるほど、選ばなかった(選ばなかった)別の世界線に思いをはせたりするもので。ただ、違う道を選んでたら選んでたで、いまいるここの世界線がよかったなと羨ましく思うかもしれないし。そう考えると、自分のこれまでの選択も悪くはなかったじゃないか。間違ってたとしても、そこから学ぶこともあったし、さらにその先で新しい選択肢に出会うかもしれないじゃないか。それでも、過去に置いてきた感情は代えがたいし、もとの関係性にはもう戻れない事実だけが切ない。
この映画を「見る」か「見ない」か、2通りの選択があるとしたら、「見る」ことを推奨します。
3位 ラストマイル 2024年8月23日鑑賞
テレビドラマ『アンナチュラル』『MIU404』の監督・塚原あゆ子と脚本家・野木亜紀子が再タッグを組み、両シリーズと同一世界線で起きる事件を描いたサスペンス。1月のブラックフライデー前夜、世界規模のショッピングサイトの配送センターから出荷された段ボール箱が次々爆発する事件が発生する。
「ネットショッピング」「物流」「ブラックフライデー」を題材に、エンターテインメントとしてここまで面白いものができたこと、「資本主義」「労働環境」等についても考えを促されること、この映画の射程距離の広さに驚きました。作品の感想については、鑑賞後こちらの記事で書いています。
2位 ロボット・ドリームズ 2024年11月16日鑑賞
アメリカの作家サラ・バロンによる同名グラフィックノベルを、スペインのパブロ・ベルヘル監督が映画化。擬人化された動物たちが暮らす1980年代ニューヨークで犬とロボットが織りなす物語が、セリフやナレーションなしで描かれる。
犬とロボットの交流と関係性に、泣かされるとは思いませんでした。言葉で語らずとも、キャラクターの表情や行動、音楽で感情が伝わる。キャラクターのビジュアルは、愛らしさとどこか不憫な感じが詰まっているし、全体的な色味やデザイン、どれをとっても素晴らしいものでした。鳥の親子も可愛すぎ。
劇中、屋内から窓越しの外の景色が見えるカットが多々出てきますが、それを見るたび世界の広さと孤独の侘しさが同時に押し寄せてきます。行き場のない感情の変化を経て、それでもなお、その先に続く生活や人生を静かに肯定する素敵な映画でした。
1位 夜明けのすべて 2024年2月11日鑑賞
瀬尾まいこの同名小説を、三宅唱監督が映画化。PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さん(上白石萌音)は、会社の同僚・山添くん(松村北斗)のある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。そんな山添はパニック障害を抱え、生きがいも気力も失っていて…。
個人的なことですが、昨年、コロナ感染と過労により、身体を壊して倒れたことがありました。その後も身体の感覚が過敏になったり、今まで当たり前にできていたことができなくなったり。そんな時期がほぼ一年間続いて、自分の身体なのに思い通りにいかない状態を経験しました。いまとなっては、すっかり全快したんですが、自分がつらかった時期に試していたことを『夜明けのすべて』の藤沢さんも山添くんも同じようにやっていて。専門家に相談する、関連書籍を複数読む、対話する、自分なりの対処法を探る。症状も状況も自分のものとは異なるものの、生きていくために二人がしていた行動があの頃の自分と同じで。あれは間違ってなかったんだな、だから今があるんだよな、と救われる思いがしました。
『夜明けのすべて』は町工場を舞台にしながら、個々の人間の営みだけでなく、バイオリズムや宇宙規模のスケールまでも感じさせる、すごくよい作品だと感じました。一個人の人生や悩みと、地球のサイクルが重ねられていて、いまこのめちゃくちゃな世の中を生きているすべての人に向けられた映画だと思います。個人的にも、これから先も見直すことがある映画だと強く確信しています。
さいごに
以上、2024年に見た映画を10本選びました。映画の年間ベストについてブログで書くことを、2019年の年末から開始して、気づけばもう6年目になりました。毎年、自分の思っていることの1割しか文章に起こせていない気もするのですが、年末にバーッと書き連ねることが自分にとっても恒例になっています。また2025年以降も続けられたら。
2025年は何の根拠も予定もないのに、なぜかいろいろ起きる予感だけがしていて。こういう時の自分の直感を大事にしながら、フワッとした予感をハッキリとした現実に育てたいし、1年後の自分とうまく答え合わせできるといいな、と思っています。