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2024年映画ベスト10

 2024年に鑑賞した新作映画68本の中から、特に良かったものを10本選びました。2024年のベスト10は以下のとおりです。

 ということで、ここからは選んだ10本の映画について、自分なりに感じたことを10位から順に並べていきます。

 

10位 アイミタガイ 2024年11月9日鑑賞
 作家・中條ていの同名短編集を映画化。監督は草野翔吾。ウェディングプランナーとして働く梓(黒木華)は、親友・叶海(藤間爽子)が亡くなったことを知る。梓は生前の叶海と交わしていたLINEのトーク画面で、死後も叶海のアカウントにメッセージを送り続ける。
 「アイミタガイ」とは、簡単にいえば「お互い様」「互助」の意。劇中では、複数の登場人物の偶然や思いやりが重なり、物語が動きます。映画の冒頭1カット目から地震対策のための突っ張り棒が映ります。冒頭から突っ張り棒が登場する映画は、自分が知る限り他にありません。ただ、その突っ張り棒だって、おそらく「地震による被害を少しでも減らしたい」という開発メーカーの思いによって工夫が凝らされているわけで。「誰かの思いが他者のもとに渡ること」がいきなり冒頭から示されていると感じました。
 個人的にも最近、実生活で不思議な巡り合わせを感じた経験があって、自分の身の回りでもリアルに「アイミタガイ」って起こるのね、と驚きました。そんな個人的な感慨込みで、今年のベスト10に入れちゃいました。案外、気づかないだけで、縁や善意って近いところにあると思います。


9位 ディア・ファミリー 2024年6月14日鑑賞
 国産バルーンカテーテルを初めて開発した筒井宣政の実話を月川翔監督が映画化。小さな町工場を経営する坪井宣政(大泉洋)と妻・陽子(菅野美穂)の娘・佳美は、生まれつきの心臓疾患により、余命10年を宣告される。どの医者でも治療のしようがないことを知った宣政は、自ら人工心臓を作ることを決意する。
 医療分野の素人の父親が娘のために、努力してバルーンカテーテルの開発に挑んだ。そんな人物が実際に愛知県にいたことがすごいですよね。劇中の1980年代前後の時代描写(街並みや自動車、家具など)がこだわり抜かれていて、この無謀な物語の説得力を倍増させている。技術や情報は現代に比べると発展途上だし、当然インターネットもない。何をするにも時間がかかるし、そもそもこの時代にそんな開発が本当にできるのか?という気持ちになる。だからこそ「諦めてタイムリミットまで過ごすのではなく、残り時間を利用して自分ができることがあるんじゃないか?」という思考の重要性が響きました。それはこの家族に限ったことではなく、映画を見た観客にも「今からこの先の10年間、何をするのか」と問うような、広く開かれたラストだと思いました。
 この映画のモデルになった筒井宣政氏は、あるインタビューで”これをやらないと自分の子供が死んでいくと思った時、「もう死になさい」って言える親はいないでしょう”と語っています。その言葉の精神がこの映画にも宿っています。

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8位 陪審員2番 2024年12月22日鑑賞
 クリント・イーストウッド監督作。日本ではU-NEXT独占配信。殺人事件に関する裁判で陪審員をすることになった主人公ジャスティン・ケンプ(ニコラス・ホルト)が、その事件に自分が関与していることを悟り煩悶する法廷ミステリー。
 主人公が陪審員として担当することになった事件の内容をよく聞くと、過去の自分の行動が関わっているかも…と途中で気づく。これほどゾッとする経験はないというか、逆「アイミタガイ」というか。「そんなことあります!?」と言ってしまいたくなる偶然に引き寄せられた人の話だと捉えました。自分が劇中のジャスティンの立場だったら、とてもじゃないがメンタル的に耐えられないでしょうし。自身の事件の関与を伏せながら他の陪審員とともに検証を進めていく本作は、静かながらもスリルがあります。
 最終的に判決が下された後に、劇中で語られることや展開が非常に興味深い。人が人をジャッジすることの重さと、正義というものの在り方について突きつけられましたし、この作品を劇場で見る機会がないのは勿体ないと思いました。


7位 悪は存在しない 2024年5月3日鑑賞
 監督・脚本は濱口竜介。自然豊かな高原に位置する長野県水挽町。その地に暮らす巧(大美賀均)は、娘の花(西川玲)とともに、自然のサイクルに合わせた慎ましい生活を送っている。ある日、家の近くでグランピング場の設営計画が持ち上がるが…。
 まず、この『悪は存在しない』というタイトルだけで既に面白い。その文字通りに受け取ってもいいし、反語のようにも捉えられるし。『悪は存在しない』というフレーズの前後に何か言葉が付け足される余地もあるし。そして、本編を見ると、ますますこのタイトルの引力を強く感じます。
 グランピング場の設営に揺れる田舎町の出来事を、濱口監督らしく冷静に捉えています。その一方で意外なカメラアングルの遊び心や、人物同士の絶妙な会話のやり取りといった余裕も漂っています。本作のラストには「どこが『悪は存在しない』だよ」と言いたくもなるのですが、その突き放された感覚は全く嫌なものではなくて。理解し得ないものを一旦、理解できないまま受け取って、すぐに答えを出さずに自分の中で時間をかけて咀嚼することを大切にしたいと思ったのでした。


6位 ミッシング 2024年5月19日鑑賞
 監督・脚本は吉田恵輔。沙織里(石原さとみ)の娘が突然いなくなってから3カ月が過ぎた。娘の行方について手掛かりはなく、夫・豊(青木崇高)との喧嘩が絶えない。沙織里は娘の失踪について、情報提供を求め続けるが…。
 ニュースで事件や事故、戦争の情報を目にすると「もうこんな悲しいことが起きてほしくない」と思うことってありませんか。自分はしょっちゅうあります。報道を見ているだけの自分がそう思う以上に、実際に被害に遭った当事者や関係者の心境は計り知れません。
 『ミッシング』では、失踪した我が子を案じる親の苦しみが描かれています。失踪の原因も、事故か誘拐なのか単なる迷子なのかも「わからない」。諦めたくないが、かといって、発見される可能性はどれほどあるのか「わからない」。ネットで誹謗中傷をする者、嫌がらせを行う者の顔も「わからない」。そうした「わからなさ」こそが、当事者にとって非常にストレスになる。そして、ストレスを限界まで抱えた沙緒里があることを機に決壊する場面は、本当にいたたまれないし直視できませんでした。だからこそ、本作のラストにおける光の跡に手をかざす行為に、絶望と希望と、それ以上の何かを感じ取ったのでした。

 

5位 猿の惑星/キングダム 2024年5月11日鑑賞
 『猿の惑星』のリブートシリーズ4作目で、今回の監督はウェス・ボール。前作『猿の惑星: 聖戦記』から約300年後、猿の文明が繁栄する一方、人類は退化していた。冷酷な独裁者プロキシマス・シーザー(ケビン・デュランド)によって、若き猿ノア(オーウェンティーグ)は故郷や仲間を奪われる。そんな中、ノアの前に人間の少女ノヴァ(フレイヤ・アーラン)が現れる。
 『猿の惑星』のリブート企画って、2017年の『猿の惑星:聖戦記』でやり切ったと思っていたので、本編を見る前までは「わざわざ続けたところで面白くなりようがないのでは…」と懐疑的だったのですが、予想に反してとても面白くて驚きました。アクションの組み立て方はゲームっぽいと感じましたが、全然悪くなくて。むしろ猿たちの身体性や攻防にうまくハマっていて、ゲームっぽい手法やビジュアルをうまく応用していると感心しました。
 今回、登場する人間のキャラクターはなかなか油断ならなくて新鮮味がありました。これまで『猿の惑星』シリーズが描いてきた猿と人類の対立構造に、ここにきて意外なメスを入れてきたな、と興奮。クライマックスを経て一段落した後にも、なお緊張感が持続する仕掛けが待っていて、今後のシリーズの発展が楽しみになりました。


4位 パスト ライブス/再会 2024年4月13日鑑賞
 セリーヌ・ソンの長編映画監督デビュー作で、自身の体験をもとに脚本を執筆。韓国・ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンは、互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れに。12年後、24歳になった2人はオンラインで再会を果たすが、再びすれ違う。そして、さらに12年後…。
 人生における様々な選択。年をとればとるほど、選ばなかった(選ばなかった)別の世界線に思いをはせたりするもので。ただ、違う道を選んでたら選んでたで、いまいるここの世界線がよかったなと羨ましく思うかもしれないし。そう考えると、自分のこれまでの選択も悪くはなかったじゃないか。間違ってたとしても、そこから学ぶこともあったし、さらにその先で新しい選択肢に出会うかもしれないじゃないか。それでも、過去に置いてきた感情は代えがたいし、もとの関係性にはもう戻れない事実だけが切ない。
 この映画を「見る」か「見ない」か、2通りの選択があるとしたら、「見る」ことを推奨します。


3位 ラストマイル 2024年8月23日鑑賞
 テレビドラマ『アンナチュラル』『MIU404』の監督・塚原あゆ子と脚本家・野木亜紀子が再タッグを組み、両シリーズと同一世界線で起きる事件を描いたサスペンス。1月のブラックフライデー前夜、世界規模のショッピングサイトの配送センターから出荷された段ボール箱が次々爆発する事件が発生する。
 「ネットショッピング」「物流」「ブラックフライデー」を題材に、エンターテインメントとしてここまで面白いものができたこと、「資本主義」「労働環境」等についても考えを促されること、この映画の射程距離の広さに驚きました。作品の感想については、鑑賞後こちらの記事で書いています。

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2位 ロボット・ドリームズ 2024年11月16日鑑賞
 アメリカの作家サラ・バロンによる同名グラフィックノベルを、スペインのパブロ・ベルヘル監督が映画化。擬人化された動物たちが暮らす1980年代ニューヨークで犬とロボットが織りなす物語が、セリフやナレーションなしで描かれる。
 犬とロボットの交流と関係性に、泣かされるとは思いませんでした。言葉で語らずとも、キャラクターの表情や行動、音楽で感情が伝わる。キャラクターのビジュアルは、愛らしさとどこか不憫な感じが詰まっているし、全体的な色味やデザイン、どれをとっても素晴らしいものでした。鳥の親子も可愛すぎ。
 劇中、屋内から窓越しの外の景色が見えるカットが多々出てきますが、それを見るたび世界の広さと孤独の侘しさが同時に押し寄せてきます。行き場のない感情の変化を経て、それでもなお、その先に続く生活や人生を静かに肯定する素敵な映画でした。


1位 夜明けのすべて 2024年2月11日鑑賞
 瀬尾まいこの同名小説を、三宅唱監督が映画化。PMS月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さん(上白石萌音)は、会社の同僚・山添くん(松村北斗)のある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。そんな山添はパニック障害を抱え、生きがいも気力も失っていて…。
 個人的なことですが、昨年、コロナ感染と過労により、身体を壊して倒れたことがありました。その後も身体の感覚が過敏になったり、今まで当たり前にできていたことができなくなったり。そんな時期がほぼ一年間続いて、自分の身体なのに思い通りにいかない状態を経験しました。いまとなっては、すっかり全快したんですが、自分がつらかった時期に試していたことを『夜明けのすべて』の藤沢さんも山添くんも同じようにやっていて。専門家に相談する、関連書籍を複数読む、対話する、自分なりの対処法を探る。症状も状況も自分のものとは異なるものの、生きていくために二人がしていた行動があの頃の自分と同じで。あれは間違ってなかったんだな、だから今があるんだよな、と救われる思いがしました。
 『夜明けのすべて』は町工場を舞台にしながら、個々の人間の営みだけでなく、バイオリズムや宇宙規模のスケールまでも感じさせる、すごくよい作品だと感じました。一個人の人生や悩みと、地球のサイクルが重ねられていて、いまこのめちゃくちゃな世の中を生きているすべての人に向けられた映画だと思います。個人的にも、これから先も見直すことがある映画だと強く確信しています。

 

さいごに
 以上、2024年に見た映画を10本選びました。映画の年間ベストについてブログで書くことを、2019年の年末から開始して、気づけばもう6年目になりました。毎年、自分の思っていることの1割しか文章に起こせていない気もするのですが、年末にバーッと書き連ねることが自分にとっても恒例になっています。また2025年以降も続けられたら。
 2025年は何の根拠も予定もないのに、なぜかいろいろ起きる予感だけがしていて。こういう時の自分の直感を大事にしながら、フワッとした予感をハッキリとした現実に育てたいし、1年後の自分とうまく答え合わせできるといいな、と思っています。

 

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細かすぎることばかりが:ダウ90000『旅館じゃないんだからさ』について

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 2024年9月28日、近鉄アート館でダウ90000第六回演劇公演『旅館じゃないんだからさ』を見た。後日、アーカイブ映像配信でも見直したが、やはり面白かった。

 客がいないTSUTAYAの店内。店員の片山(園田祥太)が買ってきた旅行土産に、同僚の塚田(道上珠妃)が呆れている。すると、初めてのレンタルショップに興味津々な亜子(忽那文香)や、新人バイトの及川(上原佑太)らがやってくる。二人しかいなかった店内が徐々に騒がしくなる…。

 レンタルショップの店内で繰り広げられる人間模様。DVDを借りる。借りたら返す。ときには会員カードを更新する。それだけの場所で、本来起こるはずのない状況やありえない会話が次々と巻き起こる。なんてことのないものに別の意味が付与される。本来そこまでの価値がないものに新たな価値が見出される。気にしてもしょうがないことにこだわり続ける。そんな細かすぎることばかりが表現されていて、笑いながらも自分の記憶を刺激される瞬間がいくつもあった。

 自分が最後にレンタルショップを利用したのは何年も前。すっかり遠ざかった存在になっている。自分の財布の中の使わなくなったTカードのレンタル有効期限はとっくに過ぎている。Tカードは、いまやVポイントカードになっているし。5年後、10年後のレンタルショップの店舗数は2024年現在よりも確実に減るだろう。劇中に登場する店舗だって、この先どうなるかは分からない。本作のラストにて、閉店後の真っ暗な店舗の中で、小さなモニターで映画のDVDを再生する光景は、消えゆく空間の中で灯された希望の名残のように見えた。

 最後に。本作のタイトル『旅館じゃないんだからさ』は、DVDの貸し出し期限を「宿泊日数」で表すことへの、優しいツッコミのように思えた。2日レンタルするだけのことを「1泊2日」と呼称し始めた人って、案外面白い人だったのかもしれない。

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エンタメの箱に梱包された問い:『ラストマイル』について

 ブラックフライデーの前夜、大手ショッピングサイト「DAIRY FAST」から出荷された配送物が爆発する事件が発生。爆破が相次ぐ中、巨大物流倉庫のセンター長に就いたばかりの舟渡エレナ(満島ひかり)は、チームマネージャーの梨本孔(岡田将生)と事態の対応に追われる。

 テレビドラマ『アンナチュラル』『MIU404』とも世界線を共有しており、両作品のキャラクターが『ラストマイル』にも登場する。『アンナチュラル』『MIU404』の特徴は、事件の謎を追いかけていくと徐々に社会問題が見えてくる構成にある。脚本を手がける野木亜紀子の手腕が光る。同じ座組で作られた『ラストマイル』においても同様の構成がとられている。エンターテイメントという箱の中に社会への問いが梱包されているのだ。


 『ラストマイル』はブラックフライデーで慌ただしい物流の現場を題材にしている。まず、それを2時間の映画にしようという着眼点が面白い。劇中のDAIRY FAST社はどう見てもAmazonをモデルにしている。ただ、ネットショッピングは多くの人が利用する身近なものなのに、その裏側や実態はどうなっているのかはよく知らない。多くの人にとって、自分事として興味を持ちやすい切り口だ


 舞台となる物流センターや配達フローの描写は解像度が高い。大量の荷物がひしめき合うこんな空間に爆発物が紛れていたら…と考えるとゾッとする。ただでさえ忙しいのにどうやって爆発物を探せばいいのよ?という登場人物の気持ちにも、強固な説得力が生じる。一体誰が何のために?爆弾は残り何個ある? 連続爆破を巡るミステリーの展開は非常に面白く、事件の全貌が見えたなと思ったところから、さらにもう一展開あり、飽きさせないつくりになっている

 連続爆破事件の謎を探るうちに、物語は「物流」のシステムだけでなく「労働」や「格差」を巡る話にも接近していく。例えば、正社員のオフィスはゆったりしているが、その他大勢の派遣労働者やカスタマーセンターは狭い空間で働いている。そんな密度の対比が繰り返し出てくる。ネットショッピングが盛況になればなるほど、運ぶべき荷物や仕事量は増えて、稼働し続ける現場は疲弊していく。

 物流システムにおける「発注元」と「下請け」という関係性。「本社」と「支店」という関係性。そして「販売者」と「お客様」という関係性。それぞれの関係性が入り組んだ状況で、余裕がないままだと、どこかで板挟みになって苦しむ人が当然出てくる。稼働を止められない社会のシステムにどう抗うか、何か変えられる余地はないのかというレベルの話もしている。労働力としては目減りしていく一方なのに、運ぶべき荷物や仕事量はめちゃくちゃ多い…という、衰退していく日本社会への問題提起にもなっている。

 『ラストマイル』では「線」が象徴的に撮られている。物が運ばれるベルトコンベアの動線、道路、モノレールの線路、商品の在庫の棚の区画、箱に貼られた養生テープ、そして、柵。一線を越えてしまった人。それでも踏みとどまっている人。線に沿って仕事をしている人。その線の先で生活している人。様々な人物が『ラストマイル』には出てくるが、その個々人の思いや姿勢を自分と照らし合わせて見ることができる余地がこの作品にはあった。

融合/『ROCK or LIVE -ロックお笑い部- Vol.3 Base Ball Bear × ダウ90000』について

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 自分はBase Ball Bearというバンド とダウ90000という8人組ユニットのファンだ。この2組が大阪でツーマンライブをすることになり、2024年1月27日、GORILLA HALL OSAKAにて行われた『ROCK or LIVE -ロックお笑い部- Vol.3 Base Ball Bear × ダウ90000』に参加した。それぞれの活動を追い続けている自分にとっては、思ってもみないコラボ企画だった。

 

 開演時、Base Ball Bear のお馴染みの出囃子であるXTCの『Making Plans for Nigel』が鳴り響き、まずはBase Ball Bearの3人が登場するのだなと構えていると、意外にも舞台に現れたのはダウ90000の上原佑太と中島百依子。いきなりコント『ピーク』が始まった。

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 終電間際に街で偶然知り合った社会人の男女が、外で飲みながら話していると…というもので、ダウ90000の中でも珠玉の切ないコントだ。そのコントが終わると、Base Ball Bearの3人がスッと舞台上に現れる。切なさが残るコントの内容と呼応するかのように、Base Ball Bearの楽曲『不思議な夜』の演奏が始まり、『short hair』『そんなに好きじゃなかった』といった楽曲へ移行していく。

 

 続いて、ダウ90000から蓮見翔と園田祥太が登場し、2人だけで漫才を披露。実際、この2人はダウ90000ではなく『1000』というコンビ名でM-1グランプリにも出場している。1週間前に5年付き合った彼女と別れたばかりの園田のタイムリーな話題に沸き、「このライブを神回にしたい」と息巻く蓮見の毒舌が止まらず、園田や観客を巻き込みながら笑いの渦を起こす。その後は、Base Ball Bearとバトンタッチ。まもなくリリース予定のアルバムから新曲『夕日、刺さる部屋』、2023年6月28日に配信リリースされた『Endless Etude』、そしてBase Ball Bear小出祐介がラップを披露する『The Cut』と畳み掛けていく。

 

 その後、ラップつながりということもあってか、ダウ90000の飯原僚也が扮するMC.徳島のコーナーへ。MC.徳島がBase Ball Bearが生演奏する『EIGHT BEAT詩』のトラックにのせて、ダウ90000の他メンバーへの不満をラップでディスるディスる。くだらないといえばくだらないのだが、リリックは鋭いものもあり、笑いながら感心した。また、このコーナー内でも園田の失恋話が語られたのだが、それを聞いたBase Ball Bearの関根史織がいたたまれなくなったのか両手でしばらく自身の顔を覆っていたのが印象的だった。

 

 その後、ダウ90000のコント『三竦み(さんすくみ)』へ。恋愛は所詮じゃんけんのように三竦みでグルグル回っているという構造を巧みに描いたコントなのだが、その三竦みにすら入れない孤独な役柄が園田。舞台上に園田を残したまま、Base Ball Bear『kodoku no synthesizer』へ。3人がこの曲を演奏している間も園田は物思いに耽っていて、直前のコントや楽曲自体の内容を越えて、何と言っていいかわからない気持ちで見ていた。その後、園田はフッと笑みを浮かべて去り、Base Ball Bear『Tabibito In The Dark』、『changes』へ接続していく。悲しみや痛みを振り払った後の希望を提示しているようで、コント『三竦み』の結末のその先を照らすような選曲にも感じた。

 

 アンコールでは、Base Ball Bearとダウ90000の全メンバーが再集結。2022年11月23日に公開された劇場版ダウ90000ドキュメンタリー『耳をかして』の中で披露された曲『耳をかして』。当時はダウ90000の忽那文香だけがラップで歌っていたが、今回はこの曲をBase Ball Bearの演奏とともにダウ90000の8人全員で披露。歌詞の内容はダウ90000の自己紹介かつセルフボーストになっていて、今回は8人がそれを歌うことで、当時よりもパワーアップして聴こえた。

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 ほとんど楽しかったのだが、少し残念だったことも。それはダウ90000のコントの最中、舞台袖の無関係な音や話し声が何度かマイクで拾われたままになっていたこと。そのため、舞台上の台詞が一部遮られていて、ややノイズに感じてしまった。

 

 とはいえ、自分が聴き続けているBase Ball Bearと見続けているダウ90000が、羅列ではなく融合していることに不思議な感慨を抱いた。コントと楽曲が溶け合う多幸感は、他に経験したことのないものだった。これが一夜限りではなく、次に続く何かの始まりのように感じた。まだまだこの2組が組むことで新しいものが生まれる可能性がある。いつかまた違う形での融合を見られたら。

 

2023年映画ベスト10

 2023年に鑑賞した新作映画60本の中から良かったものを10本選びました。2023年のベスト10は以下のとおりです。

 ということで、ここからは選んだ10本の映画について、自分なりに感じたことを10位から順に並べていきます。

 

 

10位 最後まで行く 2023年6月4日鑑賞

 同名韓国映画藤井道人監督が日本版としてリメイク。刑事の工藤(岡田准一)は危篤の母のもとに向かうため車を飛ばしていたが、運転中にある男をはねてしまう。遺体の隠滅を図ろうとする工藤だが、工藤のスマホに「お前は人を殺した。知っているぞ」というメッセージが届く。

 マズい事態を誤魔化そうとする岡田准一のアタフタ具合が印象的で、目の前の相手と話しながらも、頭の中では違うことを考えてもいる。焦っている人間の「心ここにあらず」な様子がダサくて真に迫っている。その一方で、工藤を追い詰める矢崎(綾野剛)のヌメッとした存在感もたまらなくいい。綾野剛が表情を使い分けたり、一瞬で「オラァ!」とブチ切れてテンションを変えたりするのが怖い怖い。そんな工藤と矢崎の「追う」「逃げる」「隠す」「見抜く」の行動が面白くて。

 文字通り地を這うようなアクションや、万札にまみれながらの攻防もルックとして見応えあり。特に巨大なドラム缶が落下して、自動車がぺしゃんこに潰れる場面は、実際に落として潰して撮っているだけに相当な迫力があり、劇場鑑賞時は自分含めた観客がビクッと驚いていました。

 

 

9位 グッドバイ、バッドマガジンズ 2023年2月4日鑑賞

 監督は横山翔一。志望していた女性誌とは正反対の男性向け成人雑誌の編集に配属されてしまった詩織(杏花)。ひと癖もふた癖もある編集者やライター、営業担当者たちに囲まれながら一人前の編集者として成長していくが…。

 斜陽の成人向け雑誌編集部の内幕や奮闘を描いていて、題材の着眼点やエピソードが個性的。時代の変化によって、成人向け雑誌の存在自体が"萎えていく"中で、もがこうとする人々の姿に、不思議な共感と悲哀を感じました。編集部に配属された新人・詩織が仕事の荒波にもまれていくうちに、彼女の目つきが々に鋭く変わっていく。ある場面で彼女が放つ「私、怒ってるんですか?」という台詞も良い。

 自分は映画に登場する世界とは特に関係のない職種ですが、自分自身の仕事や生活に置き換えて見てしまうポイントがいくつもありました。知られざる業界の内幕を描いた映画ですが、実は普遍的なことを言っているのではないでしょうか。彼女をとりまく同僚・上司らの人物描写も絶妙で、お仕事モノとしての側面も楽しみました。

 

 

8位 リバー、流れないでよ 2023年6月25日鑑賞

 「ヨーロッパ企画」が手がけたオリジナル長編映画第2作。同劇団の上田誠が脚本を書き、山口淳太が監督を務める。京都・貴船の老舗料理旅館で仲居として働くミコトは、別館裏の貴船川のほとりにたたずんでいたところを女将に呼ばれ、仕事へと戻る。だが2分後、なぜか先ほどと同じ場所に立っていた。番頭や仲居、料理人、宿泊客たちもみな、2分間を繰り返していることに気づく。

 冬の貴船を舞台に2分間のタイムループが発生。時間に閉じこめられて、旅館の中や周辺を右往左往。本来不可逆な時間が戻りに戻りまくる。1分でも3分でもない、2分の繰り返しの中で、いったい何を見出せるか?という話でもあって。たった2分間、されど2分間。すぐ終わって、また始まる2分間。その繰り返しの中から生まれる騒動や混乱が面白くて、すこし切ない。

 冬の貴船のロケーションが良く、鑑賞してから数か月後に実際に貴船まで行っちゃいました。現地に行くと「マジでこんな狭い範囲で撮ってたのか…」とビックリしました。また、本作クラウドファンディングにも参加していたのですが、特典のメイキングDVDを見たら、「2分間」という制約があるため、OKが出るたびに出演者がガッツポーズをしていて、現場の苦労を垣間見たのでした。お、お疲れ様でした…。

 

 

7位 ほつれる 2023年9月10日鑑賞

 監督・脚本は劇団「た組」主宰の加藤拓也。夫婦関係がすっかり冷え切っている綿子(門脇麦)は、友人の紹介で知りあった男性・木村(染谷将太)と頻繁に会うようになる。ある日、綿子と木村の関係を揺るがす決定的な出来事が起こる。

 2023年5月19日に舞台版『綿子はもつれる』を観劇しました。舞台版『綿子はもつれる』と映画版『ほつれる』の根幹は共通していますが、細部はかなり異なるため、映画版では、綿子のまた違う一面を見ているようでゾワゾワしました。

 この映画では、登場人物たちの会話で「整っていない言葉」がよく出てきます。例えば劇中の「正直…〇〇というのが正直なところです」というセリフ。意味としては重複していますが、普段の会話でも、我々は100%整理された言葉で喋れているわけではないですよね。このような"整っていない"言葉のざらつきに、リアリティを感じました。

 舞台版『綿子はもつれる』は窮屈な空気感がしんどく、終わり方もホラーチックというかめちゃめちゃ怖いのですよ。映画『ほつれる』も窮屈といえば窮屈ですが、綿子が色々移動している様子も描かれ、彼女が何か拠り所を外に求めようとしている。映画のラストの余韻はどこか開放的な心地もあり、舞台版とは異なる軽やかな印象を抱いたのでした。

 

 

6位 怪物 2023年6月3日鑑賞

 坂元裕二によるオリジナル脚本で、監督は是枝裕和。麦野早織(安藤サクラ)はシングルマザーとして、小学生の息子・湊(黒川想矢)を育てている。最近の湊の異変を心配した早織は、湊に問いただすと「担任教師の保利(永山瑛太)から体罰を受けた」と答える。

 坂元裕二是枝裕和がそれぞれ大事にしてきたものが接続したような映画でした。人によって見える世界や認識が違うこと、他者を理解すること、それらの難しさを映し出していて、この作品が作られた意味は大きいと思います。

 余談ですが、本作における野呂佳代の「息子の同級生のママ友」感が、全出演者の中でも妙な説得力を醸し出していて唸りました。

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5位 イニシェリン島の精霊 2023年1月29日鑑賞

 監督・脚本はマーティン・マクドナー。1923年、アイルランドの小さな孤島イニシェリン島。この島で暮らすパードリック(コリン・ファレル)は、長年の友人コルム(ブレンダン・グリーソン)から絶縁を言い渡される。バードリックには心当たりがなく困惑するが、コルムは頑なに彼を拒絶する。

 孤独、断絶、焦り、自意識。おじさん同士のいざこざを徹頭徹尾描いており、その行く末が気になり、見逃せませんでした。島での生活描写や殺風景が印象的。島の外に全く出られないわけではないが、いざ出るには決心や整理が必要。終始、不穏なムードが続く映画でつらいものの、他者を尊重するとは、自分を保つとは何か?と問うているようで興味深く鑑賞しました。

 この映画の2人ほどではないものの、自分の人生にも心当たりがあります。絶縁というよりは疎遠みたいなものですが…。そっけない態度をとられたこともあれば、こちらから冷たくしてしまったこともありました。そういう記憶って歳を重ねれば薄れていくものだろうと思っていたんですが、いまのところそんなこともなく、鮮明に自分の中に残っているんだなって。この映画を見た後に、個人的な元トモのことを思い返して、しばらく複雑な気持ちになったのでした。

 

 

4位 フェイブルマンズ 2023年3月5日鑑賞

 スティーブン・スピルバーグが自身の原体験をもとにした自伝的作品。映画に夢中になった少年サミー・フェイブルマン(ガブリエル・ラベル)は、家族や仲間と過ごす日々のなかで夢を追い求めていく。

 映画づくりに取り憑かれた若者の覚悟と苦悩。中盤で突然現れて去るおじさんとの対話が象徴的で、何かを突き詰めるということは何かを犠牲にすることなのだと主人公も観客も悟りますが、その瞬間が苦い。いや、この瞬間だけじゃなくて、この映画、割と全体的に苦い…。

 映画についての映画ですが、無邪気な映画愛を語るのではなく、むしろ「映画の取り扱いには要注意!」と言っているようでした。単に映画に溺れているわけではなく、映画の中で泳いでいるというか。スピルバーグ自身が"泳げてしまう"人というか。とにもかくにもスピルバーグ自身の若い頃の話を題材に映画1本撮れてしまうのはすごいな、と集中して見入ってしまいました。本作のラストも粋。

 

 

3位 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3 2023年5月3日鑑賞

 ジェームズ・ガン監督・脚本によるシリーズ3作目。ロケット(ブラッドリー・クーパー)が瀕死の重傷を負い、治療の手掛かりを求めるべく、スターロード(クリス・プラット)らは企業オルゴスコープ社に潜入する。

 MCUマーベル・シネマティック・ユニバース)の中でも、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーという作品が好きで。この物語を納得いく形で着地させてくれたことが嬉しくて、とても満足いく内容でした。大好きです。

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2位 窓ぎわのトットちゃん 2023年12月16日鑑賞

 黒柳徹子が自身の子ども時代をつづった世界的ベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』を八鍬新之介監督がアニメーション映画化。好奇心旺盛でお話好きなトットちゃん(大野りりあな)は、落ち着きがないため学校を退学させられ、東京・自由が丘にあるトモエ学園に通うことに。そこで、恩師となる小林校長先生(役所広司)らと出会い、のびのびと成長していく。

 トットちゃんが初めて登場する冒頭の場面から心を掴まれて、自分でもビックリするほど落涙。途中で何度か出てくる空想や夢のパートでは、技法、色彩、音がとても豊かで心底驚きました。久々にアニメーション映画を見ることの喜びというか、プリミティブな楽しさを思い出させてくれたようでした。

 幼いトットちゃんの自由気ままな振る舞いも大人たちが温かく見守っている様子やトットちゃんと友達の交流にも落涙しました。徐々に戦争の気配がトットちゃんの暮らしに影響してくると、この世界の淀みや歪みにも気づかずにはいられない。トットちゃんの視点から見えるものをしっかり描き出していて、当時の生活様式の緻密な描写なども含めて作り手のこだわりや覚悟を感じる誠実な映画でした。

 

 

1位 おーい!どんちゃん 2023年9月2日鑑賞

 沖田修一監督・脚本。売れない俳優、道夫(坂口辰平)、郡司(遠藤隆太)、えのけん(大塚ヒロタ)。三人が共同で暮らす一軒家に、ある日、家の前に置いていかれた女の赤ちゃん。彼らは、その子を「どんちゃん」と名付けて、みんなで子育てすることに。

 トットちゃんも素晴らしいのですが、こちらの映画の主人公はどんちゃん。このどんちゃんとは、沖田修一監督の実の娘さんで。この映画の成り立ち自体がかなり独特で面白く、詳細な経緯は沖田修一監督が書かれたnoteに記載されています。

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 2014年~2017年にハンディカムで撮影されていて、映画完成するまでかなりの年月が経過しているんですよね。2023年現在からみると、「ちょっと昔」の空気感がこの映画に保存されていて、不思議な気持ちになりました。いきなり父親になり、赤ちゃんを育てることになった3人の男たちのドタバタぶりと、すくすく育っていくどんちゃんの愛おしさが尊い。マジで尊い

 育児描写はもちろん、役者を目指している3人のオーディションや稽古の描写など、笑ってしまう場面がたっぷりある一方で、なんてことのない場面が感動的でなぜか涙ぐんでしまう。そんな不思議な温もりを感じる映画でした。特殊な形態の映画なので、2024年以降も上映の機会があるのかどうかは不明ですが、素朴ながらも素敵な映画なので、細々でも見られる機会が続いていけばいいなぁと勝手に思っています。

 

 

さいごに

 自分が選んだ10本の映画に共通点めいたものを見出すとしたら、なんとなく「親愛」というテーマでくくられるかな、と。親愛や相手を理解することの重要性を描いた作品だったり、親しみを抱いていた…はずなのに関係性がこじられてしまった作品だったり。上記の10作品すべてに当てはまるわけではありませんが、振り返ってみると「親愛」的な要素を感じるものが傾向として多いように思いました。

 2023年という年は個人的にもショックな出来事が起こったこともあって、映画の中で描かれた「親愛」にまつわることは個人的にも響きやすかったのだろうな、と自己分析しています。なかなか大変なことが多いですが、それでも映画を見るという行為をこれからもできる限り大切にし続けたいと思っています。

 それでは、また来年。

 

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視野のズレ:『怪物』について

<以下、『怪物』のネタバレを含んでいます>

 大きな湖のある郊外の町。麦野早織(安藤サクラ)はシングルマザーとして、小学生の息子・湊(黒川想矢)を育てている。最近の湊の挙動不審な様子や怪我を心配した早織は、湊に問いただす。すると、湊は担任教師の保利(永山瑛太)から体罰を受けた、と話し…。

 先日、第76回カンヌ国際映画祭での受賞後の凱旋記者会見にて、『怪物』の脚本を手がけた坂元裕二がとある実体験を語っていた。

「車を運転中、赤信号で待っていました。前にトラックが止まっていて、青になったんですが、そのトラックがなかなか動き出さない。よそ見をしているのかなと思って、クラクションを鳴らしたけど、それでもトラックが動かなかった。ようやく動き出した後に、横断歩道に車いすの方がいて、トラックはその車いすの方が渡りきるのを待っていたんですが、トラックの後ろにいた私には見えなかった。それ以来自分がクラクションを鳴らしてしまったことを後悔し続けていて、世の中には普段生活していて、見えないことがある。私自身、自分が被害者だと思うことにはとても敏感ですが、自分が加害者だと気づくことはとても難しい。それをどうすれば加害者が被害者に対して、していることを気づくことができるだろうか。そのことを常に10年あまり考え続けてきて、その1つの描き方として、3つの視点で描くこの方法を選びました」

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 これは坂元裕二の作家性を象徴するエピソードだ。例えば、連続ドラマ『それでも、生きてゆく』では、殺人事件の加害者家族と被害者家族のそれぞれにしか分からない苦しみを描いていたし、『最高の離婚』では(加害/被害とは違うが)夫婦生活を送る二人の感覚のズレやすれ違い、衝突を描いている。その人に見えている視界、他の人からは見えない視界というものがあり、そのズレから生まれる感情や葛藤を坂元裕二はこれまでも物語に込めている。

 今回、坂元裕二是枝裕和監督が組んだ『怪物』では、複数の視点のズレによって物語が描かれる。本作の舞台となる町に湖がある。湖北から湖を望む景色と湖南から湖を望む景色は違う。人によって視座や世界の見え方が異なること、先入観や断片的な情報だけで物事を判断してしまうことが、そこはかとなく示唆されている。

 学校内で問題が起きた際に、根本的要因や事実を正確に究明しないまま、学校を存続させるために事態を鎮火させようとする教員。劇中の教員らの対応は極端かつ滑稽に思えるが、現実の世の中の様々な問題に置き換えてみると笑うに笑えない。この町で起きることは、他のどこかでも起き得ることだ。

 また、テレビのドッキリ番組を見て「騙されないよ」と言っていた早織が、実態とは異なる「推察」が事実だと信じこみ、グイグイ突き進んでいく。担任教師の保利も、自分が児童の問題の実態を見誤っていたどころか、事実と異なる出来事について謝罪を余儀なくされる。校長の伏見(田中裕子)は、亡くなった孫との写真を早織の視界に入るように置き、同情を誘うことでダメージを和らげようとする。孫の死すら利用してしまう底知れなさが恐ろしいが、伏見は学校を守るために「決めた」人なのだ。

 大人たちの混乱とは別に、本作の核心は湊(黒川想矢)と依里(柊木陽太)が抱える葛藤や感情にある。人には簡単に言えない思いや戸惑い、傷ついたものについて二人は共鳴する。二人は自分の家族のことをどう捉えているか。湊は、母親から「男らしく、亡き父親のように」と願い(に見える呪い)をかけられているが、そんな父親が不倫していた(かもしれない)ことを知っていて、余計につらい気持ちを抱いていたのではないだろうか。依里も父親(中村獅童)から虐待を受けており、学校ではいじめを受けている。湊もいじめの加害側の同調圧力に屈してしまう。

 最終的に彼らが抱える問題は何ら解決しておらず、台風が過ぎ去った後、この二人が晴れやかな山の上で駆ける場面で映画はラストを迎える。絶望がゴロゴロ転がっている世界から切り離された場所で、ここだけは何にも縛られないでいたい、という二人の祈りを感じた。ただ、一つ不満点を挙げるとしたら、最後に再び早織や保利の視点に立ち返って見たかった。

 劇中でたびたび登場する「怪物、だーれだ?」という問いかけは、本作のキャッチコピーにもなっている。動物の絵を自分のおでこに掲げ、お互い質問し合うことで、その正体を当てる「インディアンポーカー」のようなゲームだ。この映画自体、ある意味このゲームのようなもので、「あなたから見て、こちらの姿はどのように見えていますか?」と問いかけ、思考を促している。他者との対話を重ねて探っていくこと、それが視野のズレを埋めることになるはずだ。

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言葉の鮮度:ダウ90000『また点滅に戻るだけ』について

 以前、ダウ90000の『ずっと正月』の感想で、「いつかこの人たちのライブを生で見れたらな」と書いたことがある。

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 その後も、ダウ90000のライブや公演は配信で追いかけていて、2023年5月21日、本多劇場にて第5回演劇公演『また点滅に戻るだけ』を運よく最前列で観劇する機会に恵まれた。これまで画面越しで見ていた8人の姿を初めて生で見ることができた。

 5月のゴールデンウイーク。ゲームセンター「サーカス」に、20代になった高校の同級生たちが久々に足を運ぶ。駄弁っていると、芸能活動をしているミオ(中島 百依子)の過去のプリクラが週刊誌に掲載された話題へ。一体、誰がプリクラを流出させたのか…?

 プリクラ、ガチャガチャ、メダルゲームが並ぶゲームセンターが今回の舞台だ。ゲーセンって、まぶしくて、ずっと何かしら点滅している。ああ、そっか。『また点滅に戻るだけ』の「点滅」ってゲーセンのことか、と公演のタイトルに納得。舞台設計は2階建てで、横だけでなく、上下の縦移動もあり、空間が広く使われている。ゲームセンターというワンシチュエーションでの8人の会話によって、過去の思い出話が混ぜこぜになりつつ、話が展開する。

 また、8人の会話の中だけで出てくる人々の存在が面白い。前に住んでいた部屋の隣人。飯踏(忽那 文香)が仲良くしているミオのお母さん。カワサキ先輩、ユリカ先輩をはじめとする、いくらなんでも人物相関図がややこしすぎる高校時代の先輩。その場にはいないのに、彼らの会話の中から立ち上がってくる人の存在までもが面白い。

 劇中では、聞いたことのない表現や例えツッコミが飛び交う。プリクラ流出の謎解きとは別に、今回の話の軸は「言葉選び」や「センス」にあることが浮かび上がってくる。

 日々の生活とは何かを受け渡したり受け取ったりするのを繰り返していくことなのだと、個人的に最近よく思う。個性が立っている言葉を相手に投げかけて、それで盛り上がったりとか。前に付き合っていた人の口癖とか、好きな人が用いていたフレーズが自分の中に蓄積されて、また別の誰かに渡っていったりとか。相手に渡した自覚がなくても、知らず知らずのうちに相手の手元に行き渡っていることもあるし。そういうことの繰り返しなのかなって。その繰り返しの中で、自分らしい言葉やセンスも磨かれていくんじゃないか、って。

 ダウ90000の蓮見翔という人は、言葉の鮮度を本当に大事にしている。他の作家の「手垢」がつく前に、鮮度が落ちないうちに、いま面白いものや言葉を世に出したいというモチベーションを感じ取った。これからのダウ90000から発信される言葉や表現を、これからも受け取りたい。