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『竜とそばかすの姫』について

 細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』を見た。

 主人公は、高知県の田舎町で父と暮らす17歳の女子高生・すず(中村佳穂)。彼女は全世界で50億人以上が集うインターネット空間の仮想世界「U」で、「ベル」というアバターとして参加する。幼いころに母を亡くしてショックを受けていたが、すずは歌うことができなくなっていたものの、Uの世界では自然に歌うことができた。Uで自作の歌を披露し、全世界の注目の的となる歌姫となったベルの前に、謎の存在・竜(佐藤健)が現れる。

 『竜とそばかすの姫』における「現実とは別に広がるバーチャルな仮想世界」「主人公が高校生」という要素からは、細田守監督の過去作『サマーウォーズ』(2009年)を思い出さずにはいられない。『サマーウォーズ』では、仮想世界・OZ(オズ)が舞台のひとつになっている。『竜とそばかすの姫』で提示される仮想世界の設定は、『サマーウォーズ』を彷彿とさせる。『サマーウォーズ』のOZは円形のデザインだったが、『竜とそばかすの姫』のUは、パキッとした直線的なデザインが印象的だ。冒頭の約3分間で、広大なUの世界をドーンと映しつつ、世界観や設定を説明し、そしてなにより歌姫ベルの存在力を示す。この冒頭の場面だけでも映像美や中村佳穂によるパワフルな歌唱はとても迫力があり、「IMAXで見てよかった」と思わせられるものであった。

 ただ、今回の見かけは『サマーウォーズ』に似ていても本質的には全く違う物語が展開される。単純に「面白かった」で済ませられない何かがあった。

 

<以下、『竜とそばかすの姫』の内容に言及しています>

 

誹謗中傷について

 すずの母は、氾濫する川の中洲に取り残された見ず知らずの子供を救うため、濁流が押し寄せる川に入り、子供の命と引き換えに死んでしまったことが劇中で早々に語られる。すずの母の決死の行為を報じるネットニュースのコメント欄では、「偽善」「残された子供に対して無責任」などと冷ややかな声が飛び交っていた。母の死の悲しみに加え、見ず知らずの者達から投げかけられた冷笑的な意見も、すずの心を更に傷つけていたのではないだろうか。

 ネット上に溢れかえるコメントや総ツッコミ、もっと突き詰めていうと「誹謗中傷」「炎上」が今作の一つのテーマと言っていいだろう。インターネット上での団結をポジティブに描いた『サマーウォーズ』が公開されてから12年経ち、あの頃とはインターネットの存在がずいぶん変化した。早とちりしたジャッジや間違った正義など、インターネットのネガティブな側面についても今回、細田守監督は描いている。

  突如現れた謎の存在・竜に注目し、すずと親友のヒロちゃん(幾田りら)は竜の正体を暴こうとネット上を探索する。犯人探しの場面は、若干ユーモアを交えて描写されているが、すず達がやっていることは実は恐ろしいことで、ネット上の断片的な情報を繋ぎ合わせて、不確かな「推測」でしかないものを「断定」しようとしている。

 しかし、劇中で行われていることは、我々が生きている現実でも無関係ではない。例えば、社会的注目の高い事件が起こると、ネット上で犯人探しが始まり、全くの無関係の人物が実名が晒されたり、無関係の企業・団体に非難が殺到する事態は実際に発生している。

 Uでは様々な憶測や噂が流れるが、すずが通う高校という限定的なコミュニティでも例外ではない。すずの幼馴染・しのぶくん(成田凌)がすずと手を繋いだだけで、「二人が付き合っている」と同級生の間で噂が広がり、女子たちから誤解と嫉妬を招くことになる。性質や種類は違っても、誰でも秘密を知りたがっていて、不確かな噂は一気に広まるのは、どこでも同じだ。

終盤の展開について

 細田守作品は、終盤でびっくりするほどグンと飛躍する傾向がある。特に前2作『バケモノの子』『未来のミライ』はその飛躍に戸惑い、作品の決着について腑に落ちなかった。では、今回の『竜とそばかすの姫』はどうか。

 竜の正体である少年・恵(佐藤健)は弟・知とともに、父親からの虐待に怯えていた。すべてを知ったすず達は、まず恵が住んでいる部屋の場所を特定するため、モニター越しに聞こえた防災行政無線のチャイムのメロディや、部屋から小さく見えるビルの景色などをヒントにして、恵が住んでいる部屋の場所を特定する。本作では、ネットの不確かな情報に振り回されることの危うさを描いていたが、どこの誰かもわからない人間を救うには役立つこともある。誰かを傷つける一方で、誰かを救える可能性がインターネットにあることを示している。

  児童相談所に通報しても対応が遅いらしいことから、すずは恵と知を助けるために、高知から東京へひとりで向かう選択をする。父の虐待に怯える子供たちを救うためとはいえ、すずは未成年の女子高生であり、そんな彼女が一人きりで東京へ向かうのは、客観的に考えると、その判断は「危うい」。非常にリスクが高いし、すずをひとりで送り出す大人たちに自分は一瞬モヤッとした。

 しかし、恵の「助ける?助ける?」という反応から、おそらく児童相談所があの親子に介入していても、根本的な解決に至っていないであろうことが推察される。弟以外の人間に対して信頼を失っている孤独な恵を救うため、画面越しやUの中ではなく、直接会って「助ける」ことを選んだすずの感情は「わかる」。モヤッとしたのも束の間、かつて見ず知らずの子を助けた母親と同じように、困っている子供を助けずにはいられないすずの覚悟を自分は切り捨てることはできなかった。

 いろいろ言いたいことはないわけではない。すずが東京に向かう場面でも、例えば周囲の大人たちの制止や説得をすずが振り切るとか、そういう描写が数十秒あるだけで、その展開について多少のみ込みやすくなったのではないだろうか。また、恵・知の父親(石黒賢)が、すずに睨まれて怖気づいて逃げる姿は、まるで『痛快TV スカッとジャパン』を見ているみたいで、「そんな反応をするものなのかな…」とモヤッとした。

 結局、すずが東京から高知に帰ってきても、虐待案件はどういう処遇になったのか、その後もすずと恵の交友は続いているのか、そうした描写は何もないままこの映画は幕を閉じる。あえて描かなかったのは、児童虐待は現実でも地続きの社会問題であるから、観客に考えてもらう余地を残すために、安直にスッキリさせない後味を選んだのかなと思ったり。どうなんでしょうか、細田監督。

 すずが助けに行ったことで、あの兄弟は保護されているはずだ(と思いたい)が、仮に劇中でその一件が報道されていたとしたら、ネットニュースのコメント欄はすずの行動に対して、どんな言葉で溢れているのだろうか。

 

『街の上で』について

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【※以下、『街の上で』の内容についてネタバレしています】

 

「誰も見ることはないけど 確かにここに存在してる」

 これは映画『街の上で』の本編冒頭に登場する言葉だ。映画のキャッチコピーにも採用されている。主人公の荒川青(若葉竜也)は古着屋で働いている。彼はひょんなことから美大生の卒業制作である映画に出演することに。しかし、青は演技経験がない素人。この言葉は青が「自然に読書をする」だけの演技が全くできなかったためにカットされてしまったシーンのことを示している。

 青は張り切って練習に励み、古本屋の店主・田辺冬子(古川琴音)に練習に付き合ってもらうが、その時点で既にガッチガチだったのだ。だから、余計に目も当てられない。本番での青の姿に言葉を失う撮影クルー達。その状況は滑稽であり、笑ってしまったが、他者の視線を意識した途端、自然でいることができなくなってしまう不器用な彼のことを愛おしく感じてしまった。この映画には、そのほかにも「誰も見ることはないけど 確かにここに存在してる」ものがたくさん溢れている。

  他の男と浮気した元彼女・川瀬雪(穂志もえか)を引きずっている青。職質がてら、クセの強い恋バナとも相談ともつかない話を投げかける警官。古着屋で奇抜な猫シャツを購入し、意中の相手への告白に向かうであろう男。この世にはもういない恋人の留守番電話メッセージを聞いて、涙する田辺冬子。「誰も見ることはないけど 確かにここに存在してる」ものとは、誰にも侵されることのない、本人にしかわからない「気持ち」といえるだろう。

   ライブハウスで青にメンソールのタバコを1本手渡した女性。カフェで知り合った女性客とバイト終わりの店員が一緒に下北沢を巡る午後。青が古着屋で読書する姿を見て、映画出演をオファーする高橋町子(萩原みのり)。青にシンパシーを抱いたのか単なる気まぐれなのか、青を自宅へ招く城定イハ(中田青渚)。「誰も見ることはないけど 確かにここに存在してる」ものとは、他の誰かは気にも留めない、束の間の「出会い」にも当てはまる。

  この『街の上で』では、変わりゆく下北沢の街で、人の気持ちの変化、人と人のささやかな出会いや交流が描かれる。それはときに微笑ましかったり、「何じゃそりゃ」と笑ってしまうようなミニマムなものもある。この『街の上で』に流れている時間がずっと続けばいいのに、と思ってしまうほどで。日々の何てことのない光景、変に肩の力が入り過ぎていない感覚、それらが心地よかった。

  特に、深夜に青とイハが二人だけで語らうシーンが素敵だ。昼間は映画撮影の出番を前にしてソワソワしていた青が、演者の控室として用いられていたイハの自室にまた戻って、おしゃべりしている。同じ場所なのに状況がまるで違う、不思議な対比だ。ここで交わされる深夜の二人のナチュラルな会話や出てくるエピソードは面白くて、二人のおしゃべりをずっと見ていたいほどだ。今泉力哉監督によると、若葉竜也と中田青渚が発する台詞は台本に忠実で、アドリブはほとんどなく、一発撮りだったというから驚きだ。

  本作のラストシーンは、青と雪が冷蔵庫にしばらく眠っていたチョコレートケーキをつまんで食べて笑い合う。そして、そのままあっけなくエンドロールに突入する。ラストシーンにしてはあまりに何気なさ過ぎて、暗転した瞬間に映画が終わったことにビックリしたが、その飾らない終わり方だって好ましく思えた。

 公開中にもう一度、彼らに会いに行くことができないか、タイミングをうかがっている。

 

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