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ifと畏怖:『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』について

<以下、『ドクター・ストレンジマルチバース・オブ・マッドネス』『ワンダヴィジョン』のネタバレを含んでいます>

 MCUマーベル・シネマティック・ユニバース)の第28作目の長編映画ドクター・ストレンジマルチバース・オブ・マッドネス』は、タイトルに含まれているように「マルチバース」が題材になっている。マルチバースとは多元宇宙論のこと。我々が生きているこの宇宙以外にも、別の宇宙が無数に存在しているという考えのもと、最近のMCUでは別のユニバースの存在が示されている。例えば「スーパーヒーロー達がもしも〇〇だったら…」というアイデアを形にした『ホワット・イフ...?』や、別のユニバースから敵たちが襲来してくる『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』など、マルチバースを扱った作品が増えつつある。

 2022年5月に公開された『ドクター・ストレンジマルチバース・オブ・マッドネス』は、元医師で現魔術師のスティーヴン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)が主人公。『ドクター・ストレンジ』1作目の日本公開が2016年1月で、単独作品としては実に6年ぶりの続編となる。謎の悪霊から追われている少女アメリカ・チャベスソーチー・ゴメス)と遭遇したドクター・ストレンジ。彼女は他の宇宙の間を移動できる特殊能力を持っており、別の宇宙から逃れて来たのだという。アメリカ・チャベスを守るべく、ワンダ(エリザベス・オルセン)に協力を要請するのだが…。

 今回の『ドクター・ストレンジマルチバース・オブ・マッドネス』は、前作の監督スコット・デリクソンからバトンを引き継いで、サム・ライミが監督を担当している。『ドクター・ストレンジ』1作目のサイケデリックな作風に比べると、今回はホラーが得意なサム・ライミらしく、不気味でおぞましいビジュアルが堪能できる。例えば、タコのような触手をウネウネくねらせるバカでかい魔物ガルガントスとビルの壁をつたいながら格闘する場面は、サム・ライミ監督作『スパイダーマン2』でのドクター・オクトパスとの街中での対戦を彷彿とさせる。また、ストレンジの魔法陣から謎のクリーチャーの部位がウジャウジャ飛び出す秘技や、ワンダが思いもしないところからギュン!と現れて観客をビビらせる演出も印象的だ。

 アクションシーン全般は、ここ1~2年のMCUフェイズ4の他作品の中でも群を抜いて迫力を感じた。個人的には、ストレンジとアメリカ・チャベスが別の様々なユニバースに迷い込んで一気に横断する場面は気に入っている。二次元のアニメーションまたはペンキだけで構築されているユニバースが映るカットではピクサーのアニメーション映画『インサイド・ヘッド』の一場面を連想した。この世のものとは思えない光景が目まぐるしく登場し、短いながらも奇妙な本作のトーンを象徴する映像だった。

 不可思議な映像体験、従来のMCUにはない演出、突如奏でられる音符バトル♪など、見どころは多く楽しんだが、本作のストーリーに引っ掛かりを覚えるところがあった。

 今回、ストレンジが立ち向かう敵は『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』『アベンジャーズ:エンドゲーム』で共にサノス(ジョシュ・ブローリン)と戦ったワンダ。『ワンダヴィジョン』でヴィジョン(ポール・ベタニー)の喪失により、途方に暮れていたワンダは町の住民達を支配し、ヴィジョンとの結婚生活を無理やり具現化する騒動を引き起こす。『ワンダヴィジョン』最終話にて、ワンダの暴走は一旦は解決したはずだったが、その後、ダークホールドという黒魔術の書に傾倒していたことが本作で判明し、再び暴走。ワンダは、ありえたかもしないifの理想の世界を実現するため、アメリカ・チャベスの能力を悪用してマルチバースを掌握しようとする。本作は『ドクターストレンジ』の2作目であると同時に『ワンダヴィジョン』の後日談も兼ねているのだ。

 『インフィニティ・ウォー』でストレンジがサノスにタイムストーンを渡したことが、ヴィジョン消滅の遠因になったという経緯が改めて語られ、ストレンジとワンダの対立にもドラマが生まれてくるはずが、肝心のヴィジョンのイメージは全く登場せず、あくまで子供たちについてのみ執着しているように見えて違和感を感じた。ワンダが殺戮と破壊を容赦なく繰り返す姿には畏怖の念を抱いた。『ワンダヴィジョン』でもワンダの喪失感は深く描かれていただけに、今回の『マルチバース・オブ・マッドネス』でのワンダの変わり果てた姿、最終的に彼女が迎えた結末は非常に後味が悪いものになっている。

 また、本作では謎の組織「イルミナティ」の面々がサプライズ的に登場する。意外なヒーローらの登場に驚いたのも束の間、イルミナティのメンバーのほとんどがワンダの手によって無残に退場してしまったのはなかなかショッキングだった。特に『X-MEN』シリーズのチャールズ・エクゼビア(パトリック・スチュワート)がMCUに登場したことは、本来は画期的な出来事のはずだが、ファンサービスのための「サプライズ」と、ワンダがいかに強力か裏付けるための「作劇上の都合」が嚙み合うわけもなく、こちらもやはり後味が悪い。

 おそらく今後のMCUでは、しばしばマルチバースが登場する機会が増えてくるだろう。MCUの世界観が拡張されていくこと自体は楽しみだが、本作で感じた後味の悪さから、これからも続くMCUの未来について「何でもアリになってしまって、収拾がつかなくなってしまうのでは…」という危惧を若干抱いた。このifが見当違いであることを願うのだけど。

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